大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和36年(う)1741号 判決 1961年11月14日

控訴人 被告人 金昌伍

弁護人 山田賢次郎

検察官 原長栄

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中三十日を原判決が言い渡した本刑に算入する。

理由

弁護人は、原判決が証拠として挙示した丸山武一郎及び岩井千代松の検察官に対する各供述調書中丸山の昭和三十五年十一月八日付のものを除くその余は、いずれも被告人が原審第一回公判期日において公訴事実を否認した後作成されたものであり、検察官が、右丸山及び岩井が後日証人として被告人の反対尋問にさらされることによる不利を回避し、両名の証言を制約しようとしたもので、被告人の反対尋問権を実質的に奪つたものというべく、このような書面は違法であるばかりでなく、右各供述調書は丸山及び岩井の両名がいずれも窃盗犯人として公判審理中に作成されたもので、同人等は検察官の取調に対し迎合し暗に求刑上の配慮を期待して供述したものと推測されるから、同人等の公判廷の供述よりも信用すべき特別の情況は存しない。従つて右各供述調書は適法な証拠能力を有しない旨主張する。

思うに、検察官としては、公訴提起までに公訴を維持するに足りる十分な証拠を収集しておくことが望ましいことではあるけれども、被告人の罪状認否後に検察官が、事件の関係人を取り調べてその供述を録取した書面を作成しその証拠調を請求したからといつて、直ちにその書面が被告人の反対尋問権を実質的に奪つた違法なものということはできない。蓋し右供述調書は、被告人がこれを証拠とすることに同意しなければ、その供述者を公判準備又は公判期日において証人として尋問し、被告人に反対尋問の機会を与えた上、右供述調書が刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号所定の要件を具備していなければ、これを証拠とすることはできないからである。記録によれば、原裁判所は第三回公判において検察官の請求により証人として岩井千代松及び丸山武一郎の尋問を決定し、第四回公判において被告人及び弁護人立会の上証人丸山武一郎の尋問をなし、被告人及び弁護人は反対尋問をしており、証人岩井千代松については、昭和三十六年四月一日新潟簡易裁判所において尋問した際、弁護人のみ出頭して反対尋問していることが明らかである。そして新潟簡易裁判所における証人岩井千代松の尋問の当時は被告人は保釈中であつたに拘らず、弁護人のみ立会い被告人が立会わなかつたのは、証人に対する自己の反対尋問権はこれを放棄したものと認めるのが相当である。(尤も昭和三十六年四月七日附弁護人山田賢次郎提出の期日変更の申立書及び添付の被告人に対する医師鈴木峯雄作成の診断書によると、被告人は同年三月二十六日自動車事故のため負傷し医師の手当を受けていたことが窺われるが、右新潟簡易裁判所における証人尋問期日についてはその変更の申立がなされた形跡がないから、自己の反対尋問権を放棄したものと認めるのが相当である)また丸山及び岩井の検察官に対する所論各供述調書は、右両名が検察官の取調に対し所論のように迎合してなした虚偽のものであるとは認め難く、却つてその供述内容を仔細に比較検討すれば、右両名の原審における供述よりも前に検察官に対してした供述を信用すべき特別の情況が存するものと認められる。故に丸山及び岩井の検察官に対する所論各供述調書はいずれも適法な証拠能力を有するものであつて、従つてこれを事実認定の証拠として採用した原審の措置には採証法則違反の廉は存しない。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 渡辺辰吉 判事 司波実 判事 小林信次)

弁護人山田賢次郎の控訴趣意

原判決挙示に係る丸山武一郎の検察官に対する供述調書は、昭和三十五年十一月八日附一通、同年十二月十三日附二通の計三通であり、岩井千代松の検察官に対する供述調書は昭和三十五年十二月十四日附一通であるが、右各供述調書の内丸山武一郎の昭和三十五年十一月八日附供述調書を除き他の各供述調書は何れも被告人の第一回公判期日以後に作成録取されたものであることが記録に徴し明らかである。即ち右各供述調書は被告人が昭和三十五年十一月三十日に開廷せられた第一回公判廷において被告人が公訴事実に関し、摘示の賍物は番頭の金井某が買入れたもので、直接被告人において仕切つたものでなく、又摘示の物品が賍物たることは素より知らず知情の認識を有せざる旨公訴事実を否認した直後急遽作成録取せられたものであることが認められるのである。

斯かる被告人の罪状認否後において作成せられた書面は違法と謂うべく、斯かる書面は証拠能力を有せず到底有罪認定の資料に供し得ないものと解するのが相当である。蓋し被告人は前述のように第一回公判廷において、罪状の認否に関し、公訴事実を否認し、摘示の物品は番頭の金井某が買入れたもので、被告人は直接その売買には関係しておらず、又それらの物品が賍物であることは知らず、単に番頭である金井の指示に依りその都度代金の支払をなしたに過ぎない旨述べ、知情の点についても全面的に否認しおるのであつて、当然訴追官たる検察官は本件の本犯である窃盗犯丸山武一郎及び岩井千代松を証人として公判廷に顕出し立証すべく、さればこそ検察官は第三回公判において本犯たる右両名の証拠調を原審裁判所に申請したものである。而して右本犯者たる両名が証人となりたる暁は当然被告人の反対尋問にさらされるのであり、被告人はこれら証人に対し反対尋問権を有することは憲法第三十七条第二項の被告人の権利として法の保証するところである。然るに検察官は被告人が第一回公判廷において公訴事実を否認するや、急遽右両名を取調べ前記供述調書を作成し、右両名の証拠調終了後各供述調書を刑事訴訟法第三二一条第一項第二号後段の事由ありとして更に証拠調を申請したものである。思うに前記各供述調書は検察官が本犯者である丸山及び岩井が被告人の反対尋問に曝されることに依る不利を回避し両名の証言を制約するために急遽作成したもので被告人の有する反対尋問権を実質的に奪つたものと謂うべく、斯かる書面は違法たるを免れないものと思料する。然るに原判決は原審弁護人の異議あるに拘らず前記各供述調書を採証し有罪認定の資料に供したもので採証法則の違背あるの謗を免れないと信ずる。将又前記丸山武一郎及び岩井千代松の検察官に対する各供述調書は何れも右両名が窃盗被告人として公判審理中に作成されたもので、前科数犯を有する右両名は検察官の取調べに対しその歓心を買うため迎合し、暗に検察官の求刑上の配慮を期待して供述したものと推測せられるのであつて斯かる情況の許に作成録取せられた前記各供述調書は極めて信憑性に乏しいものと謂わなければならない。即ち第三回公判廷における証人丸山千代松の証言に依つてもその一端を窺い得るのであつて、同証人は原審弁護人の「証人は警察(検察庁の誤りである)で岩井の自供(供述書)を読聞かされて自分もそうだろうと思つて岩井がそのように述べているからそうだろうということで述べたのではないか」との問に対し、「そうです私もはつきりした記憶はないので、岩井の調書を読み聞かされて岩井が述べているのならそうだろうと思つて述べたのです」と証言しおるのである。更に又岩井千代松の証人尋問調書に依れば、同人は逮捕され後被告人が面会にも来てくれないことから被告人に対し悪感情を抱いていたことが窺われ(記録九七丁裏)、前記両名の各供述調書は作成の経緯、事情等からして極めて供述の信用性に乏しいことが推認せられ、到底有罪認定の資料に供し得ないことが明らかである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例